離れの室内写真です。
残置物撤去後はかなりスッキリしてそれなりに住むことができそうに思えます。
砂壁がだいぶ剥げかかっているので、なんとかしなければ。
砂壁を落とす→シーラー塗布→漆喰
の順で良いのでしょうか…。YouTubeではベニヤ板貼ったり、石膏ボード貼ったりした後に、
漆喰を塗るか、壁紙を貼るかしてる動画もありますね。
直に漆喰を塗るのが簡単だと思いますが、カビが生えやすかったりしないですかね…⁇
キッチン流し台、ガス台、冷蔵庫、食器棚を置くので床も畳から床にしないとなりませんね。やることが多すぎて笑ってしまいます。
母屋室内の写真です。
以上が母屋の室内写真です。残置物撤去後に不動産屋さんが送ってくれた写真です。
空き家バンク物件 写真
母屋外観です。
道下物件であることがよく分かります…。
左が玄関、右が勝手口。入ってすぐが台所です。
右側に周るとこんな感じです。
残置物は業者によって片付けられました。
母屋の裏側はお風呂場とトイレが設置されています。
母屋を北側から見た写真です。南アルプスが臨めます。
右側に離れがあります。
公道と敷地、母屋、離れの位置関係です。
母屋の間取りです。耐震性ゼロとのこと。実際畳はふかふかのところがあり、ジャンプすると揺れます。
最低限の柱の補強をしてシロアリに喰われた床材を撤去し、資材置場、農作物置場、作業場にしたらどうかと考えています。
お風呂場はできたら直して使えるようになったら良いのですが…。
お風呂の天井のカビとり。
【DIY礼賛】
DIYは完全に実益を兼ね備えたすごい趣味だ。
業者に頼んだら数万円かかるであろう工事が材料費だけで済むのである。そして作ったり、直したりしている間は楽しいし出来上がったら満足感でいっぱいになる。
ひとつの作業をする前に何本ものYouTube動画を観るから、それも趣味であり学びでもあり、楽しいので時間がどんどん経ってしまう。
私のYouTubeのおすすめには築古の家のDIYについての動画がほとんどだ。今は屋根の塗り替えと、床解体、あとはタイル交換の動画があがってくる。
(2ヶ月前まではひたすら自然農の動画だったけど、とうとう野菜を植える場所が無くなってしまったのでお休みしている)
道具がひとつまたひとつと増えていくのも喜びである。皮すき、かなブラシ、ハケ、タイルカッター、ヤスリ棒…まだ小さな道具しか買っていないけど、近日中にマキタのサンダーを買う予定です。
ここまでやってきたDIYは、
庭の土中にあった大量の石ころを、家の脇の道に敷き詰める。
網戸の補修。キッチン台の中に棚を作る。
ペンキ塗りシリーズ。門扉、ベランダの柵、テレビ台、キッチン台、リビングドア、トイレの壁、玄関ドア、雨戸。
【お風呂場の修繕】
そしてペンキ塗りに飽きてしまったので、今度はお風呂場に手をつけ始めた。
まずはカビだらけの天井をどげんかせんといかん。白くてうねり模様があって、こするとポロポロ破片が落ちてくる。これは珪藻土に違いない。数年前に一度ペンキスプレーで塗ってしまったことがあるけど、それはNGだったのだなぁ。珪藻土の細かな穴が湿度を吸い込む役割をしているのに、それをペンキでふさいでしまったようなものである。
無知とは恐ろしい。でも今の私は必ずYouTube大先生にお伺いをたててから実行するようにしてるので、まあまあ間違ってはいないんじゃないかな。技術は拙くとも…。
よくYouTubeにある実験、検証動画のように、お風呂カビハイター、ウタマロ洗剤、キッチンハイター、重曹水を用意してどれが一番効くのか試してみようと思った。
ところが一番最初にスプレーしたお風呂カビハイターがアワアワが付いたそばから白くなっていくのを見て、いきなりこれ一択となってしまった。
一応、ウタマロも重曹もやってみてそれなりには汚れは落ちたのだけど、お風呂ハイターの威力には敵わない。
でもそれだけ強力ということはそれだけ劇薬ということでもある。
本来は天井に向けてスプレーするのはよろしくないそうです。目に入ったら失明の危険あり。
脚立を持ってきて、できるだけ仰向けにならないよう、角度が大きくならないようスプレーした。ハイターの量が減って来ると、上向きではスプレーの威力が落ちるので3本使用した。
完璧に真っ白にするにはあともう一回はやる必要があるけど、とりあえず以前とは雲泥の差だ。母がたいそう喜んでいた。
そして…。今度はずっと気になっていたひび割れタイル補修である。これはこれまでやったことがない領域だ。
次回につづく。
いきなり糖質制限。
突然ですが、糖質制限を始めました。
ダイエットではありません。
あるYouTubeサイトでアトピーの治し方について語られていたのですが、それは、「アトピーの人は白米食べてはいけない」というものだったのです。
な、な、な、なんと…💧💧💧
白米よ、お前もか‼︎
これまでも、油を変え、乳製品や揚げ物、白砂糖食品、小麦粉製品などを極力控え、さらには保湿も良くないということで一切のローション、乳液、クリームなどを止めた私に、今度は最後の砦とも言うべきご飯を取り上げるとは…
あまりに無慈悲。
なんと非情な宣言なんだろう。
アトピー治癒と引き換えにさまざまな大好物を人生から除去してきました。
その甲斐あって一年のうち8月から3月くらいまでは、まあまあ良好な肌でいられるようになりました。でも3月から8月までの5ヶ月間は主に顔と手指にアトピー症状(実際には30年以上使用してきたステロイド剤による副作用により酸化した細胞が皮膚を通して排泄されている状態)が出ます。
ステロイドを止めて19年経った今でも毎年繰り返されるのです。
もうほぼほぼやれることはやってる、と自覚していましたが、まだあったのですね。
それが白米を断つということでした。
2年ほど前から小麦粉製品もできるだけ食べないようにしてきました。
当初はかなりのショックでした。パン、ナン、スパゲティ、うどん、ラーメン、肉まん、クッキー、ケーキ、餃子、お好み焼き、たこ焼き、ドーナツ、ありとあらゆるものが小麦粉で作られているように感じたし、どれも私が大好きなものでした。
それをなんとか我慢できたのはご飯とお米でできた製品とお餅が私を支え励ましてくれていたからです。
そ…、それが……………………絶句。
そのYouTubeチャンネルによると、食べ物を食べた時に生じる痒みを数値化した場合、白米による痒みがぶっちぎりに1位なのだそうです。
「痒みを数値化したときに、ぶっちぎりで最も痒み成分を出す食べ物が実はお米なんですね」Mitsチャンネルより
またもやなんという辛い別れを経験しなければならないのだろう。
私を楽しませてくれた白いご飯よ、おにぎり達よ、雑炊よ、リゾットよ、混ぜご飯よ、炊き込みご飯よ、カレーライスよ、チャーハンよ、オムライスよ、中華丼よ、親子丼よ、寿司よ、お稲荷さんよ、お赤飯よ、お煎餅たちよ…
今までありがとう。私は君たちと共に生きてきて本当に幸せだった。
でも、これは永遠の別れでは無いのだ。
私の身体が皮膚炎を発症しなくなる日がいずれ来る。そうしたら必ずや君たちを迎えに行くことを深く心に誓う。
さて、
もう食べるものが無くなっちゃう〜!と大騒ぎしたのだが、毎回「孫は優しい」食品は大丈夫ということを再確認することになる。
豆類、胡麻、わかめ海藻、野菜全般、魚、しいたけキノコ類、芋類。
こんなにも、まだこんなにも食べられるものはあるんだ。
糖質制限を始めて今日で3日目。
ずっと左腰あたりに炎症が起きていて痒くてたまらなく無意識に掻くものだから、綿の肌着に点々と血の痕が毎回付いているありさまだったのだが、心なしか痒みが抑えられている。
そして血糖値の急激な上昇と、インスリン出動による急激な下降というジェットコースターを降りたことにより、食べても食べてもお腹が空くという現象から解放されつつある。
以前デイサービスで働いていたときは、退社後「炭水化物祭り」と称するお祭りを毎晩繰り返していた私でした。
大福、おにぎり、肉まん、煎餅でとりあえずの空腹をなだめ、そのあとに夕飯を食べるという。
外食の際はいつもご飯は大盛りで注文していた私でした。
炊き立てご飯が旨すぎて、おにぎりを握っては味噌をつけて食べ続けていた私でした。
そして日本人に生まれた喜びを叫んでいた私でした。
これは新たな旅たちです。
なんか僧侶にでもなってしまいそう。
でも、いい加減この皮膚炎と縁を切らなければ。20年目の正直。
美味いものは他にもきっと沢山あるはず。
いざ発見の旅へ‼︎
愛犬ルナ 逝く
1月15日に我が家の犬 ルナが死にました。
15歳と3ヶ月。中型犬としては天寿を全うしたのではないかと思います。
居なくなってから10日、今日初めて“ちゃんと”泣くことができました。
娘が大森元貴くんの『メメント・モリ』という曲のMVを見せてきたので、一緒に観ていたのですが、それは死を歌ったものなのです。
可愛らしいアニメーションのMVは「僕」のおじいちゃんとおばあちゃんと猫ちゃんが先に死んだ者として描かれています。
黒猫ちゃんが空を駆けながら僕に笑いかけているシーンで堪えきれず、こんなふうに泣くのはいつ以来になるのか…
激しく泣きました。
死んだ直後は、家族みんなでお世話できたことや、前日長男がお風呂に入れてあげ、そのあと娘がドライヤーで乾かしてあげてとても綺麗な身体で逝かれたことや、事前に読んでいた犬の末期症状の段階通りに、ルナが老衰による「自然死」を遂げたことや、最期を看取ることができたことなどにホッとして「ああ良かったなぁ」という穏やかな満足感のような気持ちだったのです。
朝起きてきて、いつものようにルナのベッドに行き、スポイトで水を口に何度か入れてあげ、目尻に浮かんだ涙を拭いてあげて、体位を変えようとした時に目が動かなくなり、絶命したのを悟りました。
私が起きて来るまで、死なないで待っていたのだと確信しています。
犬という生きものは何という健気な生きものなんだろう。
待って待って待ち続ける一生だといえます。
散歩に行くときも、ご飯をあげるときも、家族が仕事や学校や旅行に行く時も、ずっとずっと待たされる一生でした。
「ちょっと待っててね」と何度言ってきたことでしょう。
あげく目の前に出されたご飯でさえ、「待て」と言われ、「伏せ」と言われ、「バン!」と言われ、いろいろやらされてからやっとありつくことができるのです。
躾としてお座りして待つことは必須ではあるのですが…。
「間に合ってよかった」という想いが、「いや、待っててくれたんだ」という想いに変わり、さらに今は
「最期の最期まで待たせてしまったなぁ」に変わりました。
老衰の場合、本当に末期になるとどんな大好物を出されても食べなくなり、水もほとんど飲まなくなります。そうなると便が変わり軟便に変わっていきます。
もう、そこまでいったら夜も同じ部屋で、できればすぐ近くで寝るのがいいと思います。
私は隣りの部屋で寝てしまいました。
しばらく前からルナのイビキが大きくなり、寝るのに支障があったので隣りの部屋で寝ていたのです。
まだひと月くらいは保つのではないか…と勝手に考えていました。
なので老犬のいる方には、とにかく食べなくなって便が変わり、水を飲まなくなったら出来る限り一緒にいてあげてほしいと思います。
自然死は、そうやって体内の水分を排出して枯れていくことで、苦しみの少ないものになるそうなので、無理に食べさせたり飲ませたりはしないほうが良いでしょう。
でも泣くことができてよかったです。
ツナ缶のフタを開ける時、鶏肉コーナーで軟骨を見かける時、ホームセンターで犬のオヤツ売り場を横切る時、日向ぼっこ日和の昼、ふとした瞬間にルナが生きていた時のままの心理状態になり、次の瞬間「あっいないんだ」と思って身震いをする。
こういう状態がしばらく続きそうです。
息子はほぼ毎日のようにルナの夢を見るようです。